投稿者: ジャパンホッパーズ編集部(Japan Hoppers Editors) 31 Aug 2015 PR記事

日本人の心、日々の暮らしを垣間見ることができる「鹿沼のまつり」

日本人の心、日々の暮らしを垣間見ることができる「鹿沼のまつり」

東京-日光の間に位置する鹿沼市。東京からわずか100kmの距離にあります。鹿沼には、日本人の「心」、日々の暮らしを垣間見ることができる「まつり」がたくさん残されています。

特に、毎年10月の第2土・日曜日に行われ、30万人を超える人々で賑わう「鹿沼秋まつり」は27台の彫刻屋台が揃う圧巻のまつり。全国のまつりの中でも、これだけ多くの彫刻屋台が揃うのは、全国でも珍しいものです。鹿沼の彫刻屋台は「動く陽明門」とも形容され、彩色と白木の2種類に大別でき、27台のうち14台が江戸時代につくられています。

このまつりは、国の重要無形民俗文化財に指定されており、さらにユネスコ無形文化遺産にも申請中です。(2015年8月現在)

まつりの始まりは今から400年以上前にさかのぼります。江戸時代(1603-1868)、男体山を神として祀る今宮神社は「鹿沼宿」の「氏神」として人々の尊崇を集めていました。日照りと大旱魃で困っていた鹿沼の人々が神社に祈りを捧げると、激しい雷雨があり、作物を育てることができました。この神への感謝の気持ちが、まつりの始まりです。

まつり1日目 伝統を堪する…

まつりの1日目は伝統を堪することができます。中心となる舞台は「今宮神社」。神社で行われる、彫刻屋台の「繰り込み」と「繰り出し」が、まつり1日目最大の見所です。屋台を運行するのは、今宮神社の「氏子」たち。屋台に乗るのは、囃子を演奏する「囃子方」です。彼らは、自分の町の屋台・囃子に誇りを持ち、屋台の運行技術や彫刻の出来栄え、囃子を他町と競いあい、まつりを盛り上げます。

「繰り込み」は、彫刻屋台が神社鳥居をくぐって境内へ入り、本殿に正対して、囃子を奉納します。最大で27台もの屋台が参道から1台ずつ厳かに入っていきます。「繰り出し」は、神社に集まった屋台が1台ずつ鳥居から出ていくシーン。提灯の灯りと伝統の作法が見る人を幻想の世界へ誘います。

これらのシーンには、様々な「しきたり」があります。長い年月をかけて先人から受け継がれてきたもので、「鹿沼秋まつり」の見所となっています。

まつり2日目 盛り上がりを楽しむ…

まつりの2日目は、市民の盛り上がりを楽しみましょう。舞台は市街地の中心部。まつりに参加する「若衆」は、1日目の緊張から解き放たれ、まつりを楽しみます。彫刻屋台がパレードし、自慢の屋台を披露。市民も、マーチングバンドやダンスなどで、まつりを盛り上げます。

「ぶっつけ」と呼ばれる囃子の競演は1・2日目とも行われ、屋台に乗る囃子方の腕の見せ所。まつりの熱気が一気に盛り上がります。一方で、厳かな「時代絵巻」も繰り広げられます。「今宮神社」の神が、行列をつくって氏子各町を回り、各町の安全を約束します。「御巡幸」と呼ばれる行事です。

まつりは氏子の心意気

まつりを支えるのは、今宮神社の氏子や囃子方。市街地34町の氏子たちは、神に感謝の気持ちを表すとともに、1年に1度の「ハレ(非日常)」の日を堪します。囃子方は、市街地周辺の人々が務めます。囃子の音が屋台を曳く氏子の心を一つにし、まつりを盛り上げます。まつりに参加する全員の心が一つになったとき、まつりは最高潮に盛り上がるのです。

演奏される囃子は、江戸時代から伝わるもので五段囃子が基本です。起源は、関東周辺の祭囃子の起源と言われる江戸の葛西囃子。五線譜ではなく、「コトバ譜」と口伝で伝承されてきました。

屋台に乗る囃子方は笛1人、大胴1人、締太鼓2人、摺り鉦1人の5人。

囃子の音がまつりの気分を一層盛り上げていきます。

屋台に付けられた彫刻。霊獣たちが躍動する。

屋台に付けられた彫刻は、全国でもその多さに例がなく、見事なもの。鹿沼の彫刻屋台は、「動く陽明門」とも呼ばれます。江戸幕府の威信をかけて建造された日光東照宮の影響もあり、江戸の文化・技術を伝承する地元の職人たちがつくりあげました。東照宮の彫刻を手がけた棟梁が精魂を込めて彫ったものもあります。

鬼板(銀座二丁目)

山鵲(仲町)

鬼板(石橋町)

唐獅子(麻苧町)

まつりを支える…技術・職人

江戸時代からのまつりを支えてきたのは、氏子や囃子方だけではありません。先人から引き継いできた確かな技術が、彫刻屋台を、そしてまつりを支えてきました。彫刻屋台は、江戸時代につくられてから、何度も修理が行われ、現在の姿になっています。その修理に携わってきたのが、鹿沼の誇る職人たちです。大工と車屋が屋台の車体を手がけ、彫工は彫刻で車体を装飾します。仕上げは、彫刻などに色を施す彩色師と金具と担当する錺師。1台の彫刻屋台を制作・修理できる職人がそろうのは、全国でも多くありません。

大工

車体には、おもにヒノキが使われます。動かない建物と違い、揺れることを計算した構造をつくりだします。

車屋

胴と呼ばれる中心部にはケヤキ、それ以外はカシの木が使われます。釘を使わず、1~2tの車体を支える堅固な車輪をつくります。

彫工

屋台彫刻に使われる木は、トチ、イチョウ、ヤナギなど。完成した形を頭に描きながら、ノミをふるいます。

彩色師

「岩絵の具」と呼ばれる、鉱物を砕いた顔料を使い彩色します。金色は金箔。日本伝統の技術が息づいています。

錺師

タガネを使って、銅板に一つひとつ文様を刻んでいきます。金箔を3回押して焼き付け(鍍金)、黄金色の金具をつくります。

彫刻屋台がつくられた江戸時代、鹿沼周辺の村々では、木材や麻の生産が盛んでした。これらの特産物は、鹿沼に集められ、河川を利用して、大消費地・江戸に送られていました。鹿沼には、木材や麻を扱う職人や商人が多く住んでいたため、現在でも、その伝統を受け継ぐ産業が盛んです。このような背景があって、現在でも彫刻屋台を手がける職人が鹿沼には残されているのです。

鹿沼組子

日本が誇る木工芸の粋を集めた伝統の技。伝統的な和室の内装に使われています。1~5㎜程度にスライスした木材を、釘を使わずに組みつけ、さまざまな文様をつくります。0.1㎜の誤差も許されない、繊細な技術が求められます。

大麻

日本一の生産量を誇ります。皮を剥いて繊維にし、衣服やロープなどに使用します。日本では、麻には「魔除け」の意味があると信じられ、神社の注連縄などにも使われています。                                                                            

鹿沼には、日本人の心を伝える「まつり」が多く残り、日本の昔ながらの風景を残しています。市街地の標高は150mほどですが、市域西部には1,300mもの山々、高原が広がり、美しい自然を堪することができます。豊かな自然と鹿沼の人びとが育てた「かぬまブランド」も魅力です。



鹿沼市役所 観光交流課 / Kanuma City Hall Tourism Exchange Division

〒322-8601 栃木県鹿沼市今宮町1688-1
TEL:0289-63-2303 FAX:0289-63-2189


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